やっぱり単なる日記

日常のあれこれと登山や旅行の記録。

湊かなえ『リバース』を読んで、ドラマの脚本の方がよかったかも

去年の第2クール(4-6月期)にTBSでドラマ化された、湊かなえ原作の『リバース』。

この週末は予定がなくなってしまったのだが、ちょうど図書館で予約していたその原作本の順番が回ってきたので読了した。

原作を読んで一番驚いたのが、ドラマを見て一番印象に残った

「人生を変えるのは死にものぐるいの努力なんかじゃなくて、一杯のコーヒー、思いがけない美味しい食べ物、
見たことのない風景、見知らぬ人との出会い、そんなささいなことが人生を変えていく」


というフレーズが原作にはなかったことだ。

(ドラマを見ての感想↓)
http://azmst.blog91.fc2.com/blog-entry-1141.html

ドラマでは主人公が親友やコーヒー店、そして恋人と出会って人生が劇的に変わっていくというところが主軸になっていたが、
原作ではそういう描かれ方があまりされていない。
むしろ、友人や恋人と思っていたけれど実は相手のことなんか全然知らなかったのだというところがクローズアップされていて、
いやはやさすがは「イヤミス(読んだ後に嫌な気分になるミステリー)」の女王だと恐れ入った。

そもそも主人公と「親友」との交友期間が、ドラマでは1年間あるのに対し、原作では半年弱なのである。
なんか主人公を哀しい勘違い男のように描いている。
しかも、中学生、高校生時代のグループの上下関係をやたら強調している感じがした。
湊かなえは中高生の「闇の部分」を描くのがうまいなと思っていたのだが、
今回の作品に関しては、中高生もさすがにそこまでグループに上下関係の意識はしていないんじゃないかなと思った。
この作品は作者が初めて男性を主人公にして描いた作品らしいので、
男と女とでは学生時代の「グループ」に関する感覚に違うところがあるのかもとか、
作者自身がその「グループ」に関してこだわりが強いのかなとも思った。

ということで、原作本のあるドラマでは原作の方がいいなと思うことが多いのだが、『リバース』はドラマの脚本の方がよかった。

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  1. 2018/02/03(土) 23:59:41|
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「スーパー・ブルー・ブラッドムーン」スーパームーンでブルームーンで皆既月食

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↑「スーパー・ブルー・ブラッドムーン」(同窓生の写真を拝借)

今日は皆既月食が起きる。
夕方からちょっと雲が湧いてきていて、ダメかなーと思っていたのだが、月食が始まるころには雲が晴れ、
きれいな皆既月食を見ることができた。

しかもこの皆既月食、地球と月の距離が近く月が大きく見える「スーパームーン」であり、
ひと月に2回満月になる「ブルームーン」でもあり、そして皆既月食が重なるという珍しい現象だったのだ。
ネットで調べたら「スーパー・ブルー・ブラッドムーン」というらしい。

2年前の同窓会の時に作った大学の同級生のLINEグループはほぼ活用されていないのだが、
今日は久しぶりに皆既月食の話題でにぎわっていた。
北陸では全然見えておらず残念がっていたりする。

大学の同級生以外の友人たちも皆既月食を見ていたようで、大阪では途中から曇ってしまったとのこと。
いつもは早く寝る友人も今日は皆既月食を見ていたようで、それぞれ同じ月をあちこちで見ていたのだなぁと思うと、
嬉しい気分になった。

皆既食が終わり輝きだした月を見て満足し、しばらくしてまた見に行くと、三日月のようにまで回復してきていたが、
薄雲に隠れ始めていた。
皆既食の時にちょうど雲が晴れていて運がよかった。

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  1. 2018/01/31(水) 23:39:18|
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猛烈寒波でも雪雲に覆われていなかった浅間隠山

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↑浅間隠山山頂から浅間山

小諸の知人と1年ぶりに会うことになり、ついでにあのあたりでこの時期でも登れそうな山に登ろうとして
候補に挙がったのが浅間隠山だった。
標高2000mに満たないので、この時期でも6本爪の軽アイゼンでも登れるだろうと踏んだのである。
だが、月曜日に南岸低気圧により関東地方は大雪になったため、東信地方の雪も増えている可能性もある。
そうなると軽アイゼンでは難しいかなと思い、小諸の知人に連絡してみると
東信地方ではほとんど雪は降らなかったとのことなので、予定どおり登りに行くことにした。

大宮駅から久しぶりの北陸新幹線に乗り込み知人と待ち合わせた軽井沢駅に向かう。
指定席はかなり空いており、この時期長野止まりのあさま号は人気がないのかと思っていたのだが、
軽井沢駅に到着するとホームは大混雑に。
ほとんどの人が軽井沢駅を目的に自由席に乗っていたらしい。
軽井沢のアウトレットやスキー場はかなりの集客力があるようだ。

軽井沢駅からは知人の車に乗り、中軽井沢から群馬県の北軽井沢へ抜け浅間隠山の登山口へ向かう。
軽井沢から中軽井沢の市街地は聞いていたようにほとんど雪がなく、よっぽど東京の方が残雪が多い気がする。
北軽井沢から浅間隠山登山口へ向かうとさすがに路肩の残雪も増えてきていたが、
これくらいなら軽アイゼンでも大丈夫だなというレベルである。
今日も猛烈な寒波は続いており、嬬恋辺りまで雪雲がかかる可能性もあるという予報だったので、
浅間隠山の登山口で雪が降っていたら登るのはやめようと思っていたのだが、到着すると陽が射すくらいに天気はよかった。

登山道には雪はそこそこ積もっていたが傾斜が緩いので軽アイゼンも付けずにまずはつぼ足で歩いて行くことにする。
トレースもあるので軽アイゼンなしでも悠々と歩くことができた。
ただ、途中で前を歩いていた人を追い越したのでトレースがなくなり、しかもその辺りから傾斜が急になってきて、
少し滑るようになった。
新雪の下には凍った雪があるようでそれも滑りやすい原因になっている。
帰りは安全のために軽アイゼンを付けることにしよう。

強い冬型なので、日本海側から雪雲が流れ込んできていて、陽が射していたかと思うと曇ってくるというような状況で、
ちょうどこの浅間隠山あたりが雪雲の境目となっているようだった。
山頂に着いた頃には運よく陽が射してきて、思っていたよりも風もなく眺望を楽しむことができたのはよかった。
目の前には浅間山、その向こうには小さく八ヶ岳連峰、振り返ると榛名山を見下ろすことができる。
下り始めると今度は目の前に妙義山のギザギザが眼前にある。
下りは軽アイゼンを付けたこともあり、ふかふかの新雪歩きを楽しむことができた。

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登山後は今晩の宿泊地である四万温泉にむけ吾妻川方面に向かう。
目の前には4日前に突然噴火した草津白根山が堂々と横たわっているが、その姿は穏やかだった。

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まだ昼過ぎだったために、草津温泉の外湯に立ち寄ることにした。
草津まで来ると完全に雪雲の支配下にあり、ときおり吹雪となる草津の街はやはりいつもより人は少なめのようだった。

テーマ:山登り - ジャンル:趣味・実用

  1. 2018/01/27(土) 23:59:13|
  2. 登山・トレッキング
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これからの火山の登山は―草津白根山・本白根山噴火

昨日日中から夜半過ぎまで降り続いた雪は関東南部でも結局20㎝ほど積り、4年ぶりの大雪となった。
今日はその雪の対応で一日が過ぎようとしていたが、昼前に隣でスマホをチェックしていた上司のおっちゃんから
草津白根山が噴火したみたいだよとの驚くべき情報が。

草津白根山の湯釜周辺は2014年6月から立ち入り規制されていたが、それが去年2017年の6月に3年ぶりに解除になったので、
火山活動は低下しているのかと思っていたので、かなり驚いた。
その後情報を得たところ、噴火したのが湯釜周辺の白根山ではなく、本白根山の鏡池付近とのことだったのでさらに驚いた。
直近の1983年に噴火したのも湯釜だし、有史以来の活動もほぼ湯釜から白根山周辺で、だからこそ気象庁の
常時観測火山としての「草津白根山」も湯釜から白根山にかけてだったはずだ。

本白根山の鏡池は過去3000年は噴火していないとのことで、今回は想定していなかったところからの噴火ということになる。
ただ、本白根山の山頂は火山ガス濃度が高いということで以前から立ち入り規制されていたので、ガスがあるということは
ある程度活動している部分はあったのではないかと、その点がちょっと不思議だ。
鏡池火口からの噴火だとすると、あの「亀甲状構造土」も消えてしまったのだろうか。

4年前2014年9月の御嶽山の噴火の時と同じで、事前に兆候もなかったので今回も犠牲者が出てしまった。
鏡池周辺はちょうどいいハイキングコースになっているので、御嶽山の時のように紅葉の時期の休日だったとしたら
もっと大惨事になってしまっていたことだろう。
草津白根山には過去5回行っているが、その内2回が湯釜の見学、3回が本白根山付近のハイキングだった。
直近では1年ちょっと前の2016年の10月に行っている。
http://azmst.blog91.fc2.com/blog-entry-1069.html
湯釜火口を覗き込んでいるときはちょっと火山活動に対して警戒している意識は多少なりともあったが、
本白根山付近のハイキングをしているときは、火山活動に対しての警戒は皆無だった。

御嶽山、草津白根山とこう想定外の噴火が続くとなると、火山に登るということはもういつ噴火に遭遇してもおかしくないということになる。
2000年の有珠山噴火の時のように、もうぴったりと噴火の予知ができたときがあったので
2014年の御嶽山の噴火までは火山の予知はある程度可能になってきたのかと思い込んでしまっていたが、
特に水蒸気爆発はやはり地震と同じく現代科学では予知はできないのだろう。

なぜ噴火警報を出していなかったのかなどという世間の論調次第では、予め火山という火山が立ち入り規制になりかねないが、
今のところそういう論調にはなっていないようで、その点は一安心だ。
科学万能ではないので、火山に立ち入る人間は自己責任が原則である。
全体的に火山の活動が活発になっているようなので、火山には登れるうちに登っておかなくてはなぁとも思った。

テーマ:気になるニュース - ジャンル:ニュース

  1. 2018/01/23(火) 23:59:07|
  2. 山の話題・登山道具など
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松本清張『遭難』を読んで、昭和30年代の登山ブームの様子を楽しむ

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↑鹿島槍ヶ岳から見た布引岳~爺ヶ岳方面の景観(2015年8月)
http://azmst.blog91.fc2.com/blog-entry-998.html

松本清張が登山を題材にしたミステリーを書いていたことを知ったので読んでみた。
短編集『黒い画集』の中に収められている『遭難』である。

この作品は昭和33(1958)年に週刊朝日に連載されたものだが、「山岳ミステリー」の先駆けとなった作品とのこと。
「登山する人に悪い人はいない」という言葉を聞いて、いやそんなことはないだろうということで、
登山を題材とした殺人ミステリーを書いたというのがいかにも松本清張らしいと思う。
松本清張は登山をする人ではなかったが、この作品を書くにあたっては実際に舞台となった鹿島槍ヶ岳に登っているようだ。
松本清張の作品は「点と線」「ゼロの焦点」から引き込まれ、中学生の時にその作品をかなりの数読んでいたが、
山岳をテーマにしたこの作品のことは今回初めて知った。
久しく松本清張の作品は読んでいなかったが、読み始めるとその文体がひどく懐かしかった。

鹿島槍ヶ岳の「南槍」(現在では南峰と呼ぶ)から南側の冷池山荘へ至る途中の布引岳のあたりの稜線と、
東側の黒部峡谷へ向かう牛首山あたりのそれがそっくりで、ガスにまかれている時には区別がしにくい。
というところがこの作品のミソであるのだが、実際山で道迷いする時とはこういう時であり、
仮にこれがミステリーではなく「遭難小説」だったとしても秀逸だ。

あと、鹿島槍ヶ岳から五竜岳まで縦走する場合、5万分の1地形図「大町」でほぼ網羅されているのだが、
牛首山は隣の「立山」を持って行かないと載っていないという話も面白かった。
話の中でも他に「金峰山」と「三峰」の5万分の1地形図の話も出ていたが、
実際自分も学生の時分に買った八ヶ岳付近の2万5千分の1地形図の場合、
八ヶ岳の主稜線が東西に割れていて「八ヶ岳西部」と「八ヶ岳東部」2枚になって不便だなと思ったことを思い出した。
八ヶ岳の場合5万分の1地形図を買えば稜線がうまく収まっていたように思うが、
地形観察のための登山だったので2万5千分の1地形図が不可欠だったのだ。

泊まった冷池山荘ではノミが這っていたり、就寝時になってもひそひそ話をする人がいて不快だったというのは、
松本清張自身の体験だろうか。
ノミが這っていたというのは現在の山小屋では体験したことがないが、ひそひそ話やそれが山の自慢話ばかりだというのは
今も昔も変わらないのだなと面白い。

こういう、山ならではのエピソードがちりばめられていて、登山経験が少ないのに松本清張の取材力はさすがだなと思う。

この作品を読んで山岳ミステリーとしても楽しめたのだが、それ以上に昭和30年代の山岳ブーム時代の
登山の様子を知ることができ、それも楽しかった。

まず、鹿島槍ヶ岳に登るのに、現在メジャーな扇沢から柏原新道のコースでなく、
信濃大町からバスで大谷原へ行き、そこから高千穂平経由で冷池小屋に登っている。
このことから昭和33(1958)年当時は、黒部ダムが昭和31(1956)年に着工されてはいるものの、その完成は昭和38(1963)年なので、
関電トンネルの起点となる扇沢がまだ登山口としてメジャーではなかったのだろうと想像できる。
確かに、交通の便が同じであるなら大谷原から登った方が冷池小屋までの方が距離は短い。
ただ現在では扇沢までの方が交通の便がいいし、作品中にもあるように大谷原からは急傾斜な森林地帯を行くのに比べ、
扇沢からの柏原新道の方が登りやすいので扇沢からがメジャーコースになっているのだろう。
今度鹿島槍ヶ岳へ行くときはこの大谷原から高千穂平のコースも検討してみたい。
現在でも本数は少ないが鹿島集落までのバスもあるようだ。

あと、新宿駅からの夜行列車を待つ登山姿の乗客が、ホームから地下道の階段、通路に二列になって長く座り込んでいたり、
普通三等車は通路まで登山客で埋め尽くされ、通路に屈みこんで一夜を明かしたりと当時の登山ブームの様子がよく分かる。
夜行列車には三等寝台車が連結されていて、その寝台券を取るのに苦心するが、横になって移動できたというのも興味深い。
現在夜行の場合は臨時快速列車のムーンライト信州や夜行バスになるのだが、いずれも真横にはなれないのが残念なところだ。

山に登りたくて旧制松本高校へ行ったという「戦前派」の槇田の同級生の言葉が面白い。
「このごろはブームとかにあおられて、若い者が見栄をはって命知らずなことをしている。
見ていて、おれたちがびっくりするよ。われわれの若いときにはなかった芸当をやっている」とのこと。
なんだか、今現在もこういうことを言っている年配者はいそうな気がする。
(とはいってもこの作品の槇田やその同級生はまだ30代後半から40代前半だと思われるが。)

人々は移り行くが、作品が書かれてから60年経つのに山はその姿を変えていない。
そしてその姿を写し取った登山経験がほとんどないとは思えない松本清張の表現力はさすがである。

「右手には南槍と北槍との隆起がつづき、その果てに東尾根の急激な傾斜が谷に落ちていた。
左には爺岳の稜線がある。どの頂上にも岩壁にも明かるい陽が当たり、皺波の陰と明度とを浮彫りしていた。」

「この鞍部に立つと、左手には黒部の深い渓谷が陥没していて、その向こうに立山と剣の連峰が真正面だった。これは雄大だった。
右は今までわれわれの目についてきた南槍と北槍だが、陽の具合で大冷沢北俣の斜面が黒い翼のような影(シャドー)をつくっていた。
南の方には、爺岳の頂上があまり高くない位置にあった。」

また鹿島槍ヶ岳へ行きたくなった。


↑2015年8月に歩いたルート

テーマ:読書 - ジャンル:小説・文学

  1. 2018/01/22(月) 23:59:16|
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