やっぱり単なる日記

日常のあれこれと登山や旅行の記録。

今ある風景の大切さ―小鹿田焼(おんたやき)の里と九州北部豪雨の被災地

今日は英彦山に登る予定だったのだが、前線は通過したものの小糠雨が降りやまず、
山の上を見ると雲もかかり、山頂部は風雨も激しいだろうから、今回は英彦山を登るのは諦めることにした。

昨日この英彦山の麓に向かい途中に小石原焼の窯元が並んでいるところを通ったので、
今日はこの小石原焼の資料館へ行くことにする。
ここは福岡県朝倉郡東峰村になる。
小石原焼のルーツは豊臣秀吉の朝鮮出兵の際に黒田長政が陶工・八山を「連れ帰った」ところから始まるとのこと。
年表に「連れ帰った」と書いてあるけど、これ現代風にいうと「拉致」なのである。
しかもその八山が故郷に帰りたいと申し出ると、それを許さず罰を与えたとも年表にあり、まあ現代からしたらとんでもない話だ。

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↑登り窯のある風景が、どこか他の国に行ったようでもある小鹿田焼の里

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↑飛鉋(とびがんな)の細かい模様が印象的な小鹿田焼(小鹿田焼陶芸館にて)

この小石原焼から派生したのが小鹿田焼(おんたやき)だ。
小鹿田と書いて「おんた」と読むこの独特の地名が世界的な知名度を持つのは民芸運動を提唱した柳宗悦の功績が大きい。
柳宗悦が1931(昭和6)年に「日田の皿山」を発表し、さらにイギリスの陶芸家であるバーナード・リーチも陶芸研究のため
滞在して作陶を行ったため、「用の美」を追求した民芸として有名である。

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小石原焼の資料館で見たところ、現在小石原焼は個人作家により作陶されており、その価格もかなり高くなっているようだ。
伝統を継承していくにはある程度の利益は必要であり、ただあんまり芸術作品となってしまうと「民芸」からは離れていって
しまうなぁと思いつつ、次は隣県にある大分県の日田にある小鹿田焼の郷へ。
小鹿田焼の里は大分県になるので福岡県から向かうとちょっと道を間違ったのかなと思うほどの狭い道を通る。

小石原焼の資料館に比べて小振りな資料館で小鹿田焼の概略を学び、いよいよ小鹿田焼の里へ繰り出す。
歩き始めてすぐ民家の軒先に天日干しされている陶器が並び、水路の水で動く唐臼(からうす)が陶土を砕く景観が目の前に広がる。
先ほど資料館の映像で見た景観がそのまま継承されていた。
これだけ有名な陶器の産地が、こんなにも観光化されずにそのまま残っているのも珍しい。

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ただ、この小鹿田焼、一子相伝であり、作陶できるのはその家の長男のみ。
女性は陶土を作る作業しか従事できないとのこと。
しかもすぐ隣の小石原焼が作家名で「芸術品」として高額な価格で売られている中、いつまで小鹿田焼がこのままの姿で
続くのか、難しい気もした。

静かな山里に登り窯が立ち並び、陶土を砕く唐臼の音だけが響いている。
日本でもあるが、あまりにも観光化されていないので、どこか東アジアの陶芸の里という感じもする。
そのままの風景が保たれているからいいのに、どこかの観光プロデューサーかなんかが目を付けたら
一気に小洒落た観光地に変貌させられてしまう気もする。

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小鹿田焼は飛鉋(とびがんな)で付けた模様が特徴的で、その精緻な模様が付いた器類が、
日常雑器としてとんでもなく安価で売られている。
ひとケタ価格が違うのではないかと思ってしまうほどだ。

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小鹿田焼の里のなかにあったお蕎麦屋さんで、小鹿田焼の器に盛られたお蕎麦を食べながら、
こんないい意味で「素朴な」焼き物の里がこのまま残ってほしいような、でも残るためには変貌も必要なのだろう、
でもそれは残念だと相反する思いを抱く。
とりあえず、この今の姿の小鹿田焼の里を楽しめたことに感謝したい。

途中、宝珠山川沿いで「棚田親水公園」との標識があったので寄ってみたが、どうも雰囲気がおかしい。
と思ったら、棚田が無残にもえぐれていたのである。

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調べてみたらこのあたりは平成29年7月九州北部豪雨の被災地だったのだ。
その後も川沿いにほぼ集落の消滅した場所等もあり、いつ何時今ある風景がなくなるのか分からないのだということを痛感させられた。

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  1. 2018/05/19(土) 23:59:21|
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遥かなる青ヶ島―三度目の正直で上陸できた交通アクセス不便な島の魅力とは

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↑青ヶ島の象徴である二重カルデラを見下ろして

この週末は1年越しで青ヶ島への渡航が実現した。
昨年はやっとヘリコプターの予約が取れたのに八丈島への飛行機が欠航し行くことができなかった。↓
http://azmst.blog91.fc2.com/blog-entry-1146.html
再度計画した2月は雪のためやはり八丈島への飛行機が遅れそうとのことで
ヘリコプターへの乗り継ぎがうまくいくか分からなかったので中止にした。
青ヶ島の渡航は八丈島からの就航率50%を切るフェリーや9人乗りで予約の取りにくいヘリコプターももちろんだが、
意外と八丈島までの飛行機も乱れがちで、その難易度が上がっているようだ。
そして迎えた三度目の正直の5月11日。

この日は多少雲は出ているものの八丈島への飛行も何も問題なく、
八丈島到着には一度大きく八丈島を飛び越え高度を下げ少し時間がかかったのでちょっと心配になったが無事到着。
そして到着した八丈島もヘリコプターの運行に支障はなさそうな晴天だった。
この八丈島でヘリコプターの搭乗手続きをした後、搭乗開始を待っているときに出会ったのがOMさん。
OMさんは羽田から八丈島への飛行機の遅延も考慮して、昨日から八丈島に泊まっていたそうだ。

ヘリコプターの座席は先着順に自由席なのだが、どちら側が青ヶ島がよく見えるのかは分からない。
乗り込んだとたんに習性で奥の窓側に陣取ったのだが、結局青ヶ島がよく見えたのは乗り込み口から手前側となった左側だった。
ヘリコプターに乗るのは初めてだったが、思ったよりもスムーズに揺れもなく上昇。
少々音は大きいものの乗っている感じはプロペラ機と変わらなかった。

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一緒に行った友人2人も奥側になる右側に座ってしまったので、運転席越しになんとか写真を撮ったが、
青ヶ島の全景を撮ることはできなかった。
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が、先ほど知り合ったOMさんが左側に座っていたので、後で青ヶ島の全景を撮った写真をいただくことができた。
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(OMさん撮影)

「神のご加護があければたどり着けない島」だが、ご加護があればしごくあっさりと到着することができるようだ。
OMさんも青ヶ島の計画自体は今回初めてだとのことだし、ヘリコプターで同乗した他の3人連れの観光客に
友人Tzが聞いたところ、その人たちも、なんと計画して1回目だとのこと。
そうなると過去2回失敗してきた自分たちがなんか運が悪かったように思えてくる。

友人が予約してくれていた島唯一のレンタカー店の店長に迎えられ、まずはレンタカー店へ。
ここで青ヶ島の観光マップをもらい、丁寧なレクチャーを受ける。
このレンタカー店の店主である荒井智史さんは後で友人Tzが調べたところ面白い経歴の持ち主で
島の外で暮らしていた期間も長いようだ。↓
https://an-life.jp/article/911

荒井さんのレンタカーを借りたのは我々3名と先ほどの3人連れ、そしてOMさん。
島の最高所である大凸部へ行くと、この3人連れとOMさん、そしてレンタカーを借りなかったもう1人もいた。
ヘリコプターに乗り込んだ9名の内、地元の方だった1名を除いて全員が勢揃いである。
ここは青ヶ島一番の見所でもある二重カルデラが一望できる場所なので島に観光に来た人は皆来る場所なのである。
ただここよりも二重カルデラを見るには後から行った尾山展望台の方が開けていてよく見えた。

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「まるでババロア」のようだといわれる中央のカルデラ壁の縞状の模様だが、
それは地形がそうなっているのかと思っていたのだが、よく見ると違う。
盛り上がっている部分は大きな木が、凹んでいるように見えるところは灌木しか生えていないのである。
なんでそれが交互になり、ひだ状のなっているのか不思議だ。
もともと熔岩の流れ方で地形というか地表面が異なり、そういう生え方をしているのだろうか。
この中央のカルデラである丸山を歩きながら観察してみたのだが、よく分からなかった。
(※あとで調べたところ、この縞状のところは約30年前に植林したツバキとのこと。意外と答えは簡単だった。)

次はカルデラの中心部にあるサウナへ。
ここはカルデラの中心部であるためまだ地熱が高く、噴気が上がっている所は「ひんぎゃ」と呼ばれている。
サウナもこのひんぎゃを利用しているし、ひんぎゃを利用した地熱釜もある。
そこに宿で用意してもらったお昼を入れる。

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というのも宿で用意してくれたお弁当はおにぎりを除くと生卵や生魚、ウィンナーやシュウマイなどひんぎゃを利用して
温めるのを前提としたものだからだ。
ということで地熱釜にそれらの食材をセットしていると、ここでもヘリコプターで同乗した方たちと合流。
狭い島なので行く場所は皆同じなのだ。

食材が温まるまで近くのあずま屋で休憩していると、なにやら怒鳴り声が。
どうやら地元の人が地熱釜を占拠してしまっていることにお怒りの様子。
確かにこれはまずかったかなと思い地熱釜へ行き、ヘリコプターで一緒だった人たちと食材を入れる釜を一緒にして空けていると、
友人Tzがそのお怒りの地元の方と話をしている。
自分の場合は怒っている人とそれ以上コミュニケーションをとろうなんて思ってもみないのだが、
友人Tzはコミュニケーション能力が秀逸なのでそういう人ともコミュニケーションが図れるのだ。
しかも話していくと、その方はそんなに怒っているわけではなかった。
ただ島の小さなコミュニティーでの表現方法が我々とは違うため、
つまり声が大きいことと他者との距離感の違いのために怒っているように感じ取ってしまっていただけなのだ。

夜は18時から開始されるという青ヶ島の焼酎である青酎を製造販売している場所へ。
この場所のことを友人が宿の人に尋ねると、そんなところ知らない焼酎なんて飲まないから、との返事。
そこで道行く人に尋ねながら、意外と近くにあった製造販売所に到着。
ここでもヘリコプターで同乗した3人連れとまた再会。
他に確かオーストラリア人だったか日本語の得意な外国人もいた。
その方は八丈島で出会った日本人と一緒に今日フェリーで来島したとのこと。
日本人でもなかなか行かない島にふらっと訪れてしまうその行動力、見習いたいものだ。

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そこで奥山晃さんから丁寧なレクチャーを受け、飲みきれないほどの試飲をさせていただく。
その中で、島の中でしか飲めない青酎の60度の原酒「初垂れ(はなたれ)」も試飲させていただいた。
先の3人連れの内80歳代の方はこの「初垂れ」を飲みたくて娘さん夫婦と青ヶ島に来島したとのことが判明。
何かに出会いたいと思い行動に移すということが、80歳代になってもできるように自分も見習いたいと思った。

そして、その夜は満天の星空を楽しみに夜の島を散歩。
宿から出たときは、あれ?こんな星空では東京郊外の我が家で見る星空と変わらないなという感じだったのだが、
街灯のない場所まで歩いていくと、いきなり夜空にびっしりと星が貼りついている。
街灯があるのとないのとではこんなにも星空の見え方が違うのかと驚く。
高山ではよく星空を見るのだが、高山は夏でも寒くあまりゆっくりと見ることができないのが難点だ。
が、島では道路脇に寝そべってゆっくりと心ゆくまで星空を眺めることができた。

翌朝OMさんに聞くと、今の時期は深夜まで待たないと天の川が上がってこないので、深夜まで粘って写真を撮ったとのこと。
その写真がこちら↓
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OMさんはカメラがいいからですよと謙遜されていたが、いやいやこんな写真が撮れるなんて、
しかもその深夜まで粘る精神力からすると、きっと何かのプロなのだろうと思った。

青ヶ島はここ数年で急に注目を集めるようになってきたようだ。
アメリカのNGOであるONE GREEN PLANETが2014年に発表した「死ぬまでにみるべき世界の絶景13」のひとつに選ばれたことと、
2016年の映画「君の名は。」の宮水神社のあるクレーターのモデルのひとつとされたことによるのだろう。
(自分は青ヶ島の二重カルデラはまったく似ていないのと思う。宮水神社のあるクレーターのモデルは御嶽山の一ノ池だと思う。↓
http://azmst.blog91.fc2.com/blog-entry-1109.html )

実際、島唯一の商店である十一屋商店に青ヶ島を紹介した雑誌が置いてあったが、いずれも2016年、2017年のものであった。
船の就航率の低さ、ヘリコプターの乗員人数の少なさでその数は抑え込まれているとはいえ、
今までにないほどの観光客が島に押し寄せていることが想像される。
特にこの島は住民が少ないので押し寄せる観光客がその住環境を脅かしてしまっているのではないかと感じた。
泊まった宿の方の態度でこの島にとって観光客は迷惑なのではないかと感じることが多かった。

人口の少ない島というのは全国他にもあるが、この島は交通アクセスが極端に悪く、
実際この到着した日の前1週間はフェリーは欠航していたとのこと。
就航率がフェリーよりは高いヘリコプターも9人乗りで1ヶ月前の予約開始とともに満席となり、しかも視界が悪いとこれも欠航する。
こんな島の形状に起因する「絶海の孤島」で暮らすとなると、より積極的にコミュニケーションをとることを意識していかないと
コミュニケーション能力が不足していくのかもしれない。
だが、レンタカー店の荒井さんと青酎の製造販売している奥山さんは跳びぬけてコミュニケーション能力が卓越している方たちであり、
こういった方々に共通するのは島の外とのつながりが強いことである。
積極的に島の外と繋がっていくことでこの「絶海の孤島」であることが、逆に個性となりプラスのの意味でのアイデンティティになるのだろう。
今回はコミュニケーション能力の高い友人Tzとの旅行だったため、他にも怒鳴りつけてきたお婆さんから
島の政治への不満や島の外へ出て行き帰ってこない子供の話を聞けて実に興味深かった。

島上陸の2日後のヘリコプターの予約は取れていたのだが、もしそれが欠航すると帰れなくなってしまうので、
翌日天気もよく八丈島へのフェリーが出るというので、ヘリコプターはキャンセルしフェリーで島から出ることにする。
ヘリコプターも前日までにキャンセルすると420円とこれはなかなか親切な価格設定だ。
いつ欠航するか分からない乗り物でしか島から出ることができないなんて、これだけスリリングな島もそうそうないと思う。
島の断崖絶壁にむりやり作られたような三宝港に船が来ただけで、もうそれだけで感動的だ。

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島の図書館で見た資料によると、青ヶ島は島の形状が断崖なために船の着岸が難しく、
簡易的な桟橋の時代には船の上下の揺れを利用して船が持ち上がった瞬間に陸に跳び移っていたそうだ。

島の図書室で1958年の島の子どもたちの修学旅行のアルバムを見た。
当時の小学生が飛行機に乗って東京へ行き、東京上空の遊覧飛行も楽しんでいる。
小学生だしあの時代でそんな贅沢ができ羨ましいなと思いつつページをめくっていくと、最後にこんな言葉が。

たとえ二度と島を出ることがないとしても、この思い出は一生忘れない

当時はもちろん、今でもこの島は島から出ること自体が難しいのだ。

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船に乗るときも船員や警官が押さえてくれているのだが、それでもタラップは大きく揺れ続けた。
が、少し沖に出ると海はほぼ凪いでいる。
こんな晴天の波の穏やかな時でも青ヶ島の海岸は、島の形状のためか波が荒いのだ。

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海の上から眺める青ヶ島は周囲が断崖絶壁になっており、まるで戦艦のようである。
が、その絶壁の上に穏やかな牧場の草原が広がっているのが見え、なんだか「天空の城ラピュタ」のようだった。

江戸時代の天明の大噴火まではカルデラ内に人が住んでいて、水も出る豊かな島だったらしい。
が、噴火の時島外に脱出できた220名を除き、島内に残された140名は全滅したという。
その後50年は人が戻れなかったそうだが、それでもこの生活条件が厳しい島に人が戻ったその魅力とは一体なんだったのだろうか。

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  1. 2018/05/12(土) 23:59:56|
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萌黄色這い上がる茅ヶ岳・金ヶ岳―鉄道とバスの登山が好きな理由

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↑茅ヶ岳と金ヶ岳の間に見晴らしのいい大きな岩があった。

今日は友人Ytに誘われ茅ヶ岳と金ヶ岳へ。
茅ヶ岳に登るのは2012年以来6年ぶりだ。↓
http://azmst.blog91.fc2.com/blog-entry-764.html
当時は登山口までバスがなく車で連れて行ってもらったのだが、今は登山口までバスがあるそうだ。
しかも深田記念公園までのバスとは別にみずがき山荘から韮崎駅へ行くバスを使うと
茅ヶ岳の北側の金ヶ岳まで行くルートを採ることができる。
昨日は雁ヶ腹摺山へ行く予定だったが、一緒に行く友人Mが体調を崩してしまったので中止となり、
今日の茅ヶ岳・金ヶ岳はこの4連休中唯一の山行なのでとても嬉しい。

待ち合わせの韮崎駅まで友人Ytはスーパーあずさで行くので、普通列車で行く自分は韮崎駅まで一人のはずだったが、
昨日別の友人Ysと話していたら今日乾徳山に登りに行くそうでしかも偶然乗る電車が同じだった。
そこで高尾駅で待ち合わせて友人Ysの降りる塩山駅までは一緒に行くことにした。
八王子駅発松本行の電車は高尾駅の時点で満員状態で、連休中なので登山客以外も目に付いたがそれでも登山客が多い。
大月駅で降りた人は富士御坂方面へ、甲斐大和駅で降りた人は大菩薩嶺へ、
そして友人Ysと同じ塩山駅で降りた人は大菩薩嶺か乾徳山へ行くのだろう。
そしてそれでも残っている登山客は大きなザックを持っている人が多いので南アルプスにでも行くのかと思っていたのだが、
甲府では降りずほとんどの人が同じ韮崎駅で降りた。
どうやら韮崎駅で降りた大きなザックの人たちは瑞牆山~金峰山へ行くようだ。

みずがき山荘へ行くバスと深田記念公園へ行くバスは同じバス停だったのだが、
圧倒的にみずがき山荘へ行く人が多くバス会社の人が途中で列を2つに分けたほどだった。
そしてみずがき山荘行は定刻の前に高速バスのようなデラックスバスを使用した臨時便が出た。
スーパーあずさに乗ってきた人はこのデラックスバスには乗り切れず、
後に来た普通のバスになったので普通列車に乗ってきた人は少し得した感じだっただろう。
スーパーあずさに乗ってきた友人Ytと合流し、深田記念公園行のバスに乗る。
このバスも普通のバスで1台だけだったが、並んでいた人が全員ちょうど座りきるくらいだった。
茅ヶ岳はあんまり人気がないのかなと思ったのだが、深田記念公園に到着すると駐車場が満車状態だったので
車で来る人が多いのかもしれない。

既に初夏のような陽射しの下、茅ヶ岳に向かって歩き出す。
6年前に来た時は秋だったが、やはり秋よりもこの新緑の季節の方が好きだ。
林床にはニリンソウが花盛りだが、風に揺れているので写真がうまく撮れない。
6年前にはもっと急登だったような気がしたが、話をしながら登ったせいか思いのほか簡単に深田久弥氏終焉の地に到着。
この辺りまで来るとかなり展望が開けて富士山も見えてきた覚えがあったが、今回はまだ梢が少々邪魔をしている。
梢が少々芽吹いているので視界が遮られているのか、それとも前の時よりも木々が少し成長したからかもしれない。
それでもそれなりに展望が開けてきて、小川山~瑞牆山~金峰山の稜線が間近に見える。
昨日からあの稜線を歩いていたはずの友人Tsはそろそろ下りてくる頃だろうかと連絡を取ってみたりする。

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茅ヶ岳山頂は思ったよりも賑わっていた。
車で来た人は茅ヶ岳までで往復の人が多いのだろうか、皆のんびりとしている。

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気温が高いので富士山は多少霞んでいたが、目の前の南アルプスやすぐ隣の八ヶ岳はくっきりとしている。
いずれも今年の雪解けは早いようだ。
甲斐駒ヶ岳や編笠山なんてもうほとんど雪がないように見える。

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昼食を摂ってから金ヶ岳に向かう。
途中とても見晴らしの良いきもちのいい大きな岩があった。

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そこから谷間を覗き込むと、萌黄色のグラデーションが這い上がってきていた。
金ヶ岳山頂は最初人がおらず、バスの時間に合わせて下りるためゆっくりとしていると人がだんだん増えてきた。
友人が柏餅を持ってきてくれている。
そうか、今日はこどもの日だった。

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風が出てきたからか富士山も茅ヶ岳の時よりも霞が取れてくっきりと見えてきた。

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下っていく途中で谷間にミネザクラかマメザクラがまだ咲いていて、春のグラデーションを彩っている。

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明野ふれあいの里まで下り、そこから「茅ヶ岳(金ヶ岳)登山道入口」バス停まで車道をさらに下る。
ただ車道の周囲は畑地が広がっていて、目の前には南アルプスがそびえ立ち、
右手には八ヶ岳が雄大な裾野を広げているのでとても気持ちがいい場所だ。
明野といえば夏場にはひまわり畑になる有名な場所だ。
初夏のような陽射しの下、最近色々思い悩んでいたことを友人に話していると、
そんな鬱々とした気分が折しも吹きだした強風に乗って吹き飛んでいくようだった。
バス停に到着すると、みずがき山荘から来るバスの到着まで30分ほど余裕があった。
強烈な陽射しを避けるため近くの農機具置き場の軒先を借り、暫し休憩。
そこに座っている友人を見るとヒッチハイカーのようで格好良かった。

鉄道やバスで山登りに行くとこういう空白の時間が生まれることがあるが、この時間がなぜかたまらなく好きなのである。
だから鉄道やバスで登山をしたいと思うのかもしれない。
やってきたバスはやたらと話好きな運転手さんで、友人に話しかけたつもりが運転手さんが返事をしてくれるので、それも楽しい。
韮崎駅ではぎりぎり乗れると思った列車に途中多少渋滞したこともありぎりぎり乗れず、
ここでも1時間ほどの空白の時間が生まれたので近くのスーパーでワインを買い、
駅のホームで今日登ってきた茅ヶ岳と金ヶ岳を眺めながらゆっくりとした。
この間に塩山行の普通列車のほか、特急あずさと特急はまかいじがやってきたのでさすがGWは臨時列車が多いなーと観賞する。
そして次に目的のホリデー快速ビューやまなし号がやってきたので山梨の風景を眺めながら山梨ワインを楽しむことにした。
ちょっと思い悩んでいたこの連休、こんな素晴らしい一日を過ごすことができ、友人Ytに感謝したい。

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  1. 2018/05/05(土) 23:59:47|
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浅川・多摩川ハイキング(八王子~二子玉川)

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↑目的の二子玉川のビル群の向こうに武蔵小杉のマンション群が見えている

職場の友人Mが後輩と多摩川を河口まで歩く計画をしているから一緒にどうかと誘われた。
さすがに一気に河口まで歩くのは無謀だと思ったが、
今回は二子玉川までというので歩いてみようかという気になり参加することにした。
多摩川沿いは学生の時に調布から聖蹟桜ヶ丘まで歩いたことがあったし、
別の友人がマラソンの練習で走ったことがあると聞いたことがあったので前から少しは興味があったのだ。

多摩川沿いを歩くといっても八王子から出発するので多摩川の支流の浅川からのスタートとなる。
浅川沿いから多摩川の府中辺りまでは学生の時に自転車で何度か走っているので見知った風景だ。
そして聖蹟桜ヶ丘から京王多摩川までも以前歩いたことがあるのでそれなりに見慣れた風景なのだが、
それでも10年以上前なので周囲の風景も変わってきている。
一番の変化が多摩地区に増えてきたタワーマンションの存在だ。
当時は多摩川沿いからは東芝府中のエレベーター実験塔と府中駅付近のタワーマンションくらいしか見えなかったが、
今は立川駅前のタワーマンションがまず見え、府中のタワーマンションの向こうには国分寺駅前に完成した
ツインのタワーマンションが見える。
これらが次々に近づいてきては通り過ぎていく。

川沿いは遠方まで見通しが利くので川の近くにあるタワーマンションは遠くからでも目に付く。
国領のコクティーなどはかなり前から見えていたので、通り過ぎるまで時間がかかる。
目指す二子玉川のビル群もその向こうの武蔵小杉のマンション群もかなり遠くから見えていたのでなかなか近づいてこなかった。

最初は陽射しが強くこのままの暑さなら聖蹟桜ヶ丘くらいまででもいいかななんて思っていたが、
昼過ぎから少し薄曇りになり風も出てきたのでかなり快適になった。
ただそのうち風が不快なくらいにまで強くなってきたのは川沿いだからだろうか。
最終的には目的の二子玉川まで歩き切ったが、平らな道を30㎞以上も歩くのもなかなか楽しいものだ。
ただ川沿いは日陰が少ないのでかなり日焼けしてしまった。
そして多摩川を歩いたので、多摩川源流の笠取山に登りに行こうかなと思いついた。

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  1. 2018/04/30(月) 23:59:12|
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トチノキの巨木とワサビ田連なる新緑の奈良倉山

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↑山頂部から少し下ったところに「天望台」があり、富士山方面の植林が伐採されている

大月市の秀麗富嶽十二景に選定されている奈良倉山。
その名前は知っていたものの、その秀麗富嶽十二景の中では一番富士山から遠そうで今まであまり興味はなかった。
が、雑誌PEAKSの今年の1月の特集に出ていて意外とよさそうだなと思い行ってみることにした。
山頂の展望も富士山方向がちょっと開けているくらいらしいのだが、この季節なら新緑の中歩けるので気持ちがいいだろう。
今日のメンバーには登山初心者の友人もいるので歩行時間もちょうどいい。

先週も利用した上野原駅からバスに乗る。
奈良倉山の登山口となる鶴峠を通る松姫峠行のバスは8:14発と8:32発があるので8:08着の電車で行ったのだが、
南口ロータリーのバス停に行くと、8:14発のバスは臨時便も出ていて既に3台目とのこと。
その3台目にも座れそうになく、やはり1時間程バスに乗るので座りたいねということになり、次の8:32発のバスを待つことにした。
8:32発のバスは1台で並んでいた全員座り切れるほどだったので8:14発のバスにはどうやら団体さんが乗っていたようだ。
その団体さんがどこに登ろうとしていたのか気になったのだが、途中の要害山の登り口あたりで同じバスに乗っていた人がかなり降りて行った。
そしてその人たちを待っていたのか外に人が大勢いたのが見えたので、どうやら要害山へ登る団体さんが多かったようだ。

鶴峠でもそこそこの人が降り、ほとんどが同じ奈良倉山へ向かうようだったが反対側の三頭山に登っていく人たちもいた。
バス停から少し下ったところにはバイオトイレもあり、思ったよりも整備された登山口だった。
鶴峠から奈良倉山へはほとんど人工林はなく自然林の新緑がきもちいい。

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人工林も多少はあったがほとんどがカラマツで、スギとは違って落葉樹なのでその若葉もきれいだ。
ブナはほとんどないがミズナラなどのブナ科の木々が多くきもちよく高度を稼いでいくと、
思ったよりあっけなく奈良倉山の山頂にたどり着いた。

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山頂部は聞いていたとおり展望が開けない。
山頂部あたりはスギなどの常緑の人工林が多いようだ。
山頂部から少し下ったところに「天望台」があり、富士山方面の植林が伐採されている。
富士山は少し遠い感じがするが、三ツ峠の向こうに形の良い富士山が見えていた。
一緒に行った友人たちが喜んでくれるので、ここを選んだ自分も嬉しくなる。

昼食にはちょっと早かったが展望の良いところで食べた方が気持ちがいいので、ここで昼食にすることにした。
先週は夏日だったが今日は先週ほど気温は上がらず、木陰で風に吹かれているとちょっと寒いくらいだ。
友人たちがいつものとおり色々持ってきてくれたので楽しく食べていると1時間以上長居していた。

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松姫峠を経て大マテイ山へ向かう尾根はほとんどが自然林の気持ちの良い道だ。
少し人工林もあったが、それもカラマツなので新緑が美しい。
途中の鶴寝山では思いがけずまた富士山が見え、この山頂は周囲も自然林でとても気持ちがいいので
再びゆっくりとすることにした。
友人Trからヨガのポーズなどを教えてもらったりしてみんなで体を伸ばす。
こういう自然の中でやると余計に体が伸び伸びとする気がして気持ちがいい。

最初の計画では大マテイ山まで行ってから下ろうかと思っていたのだが、時間が押してきたので
大マテイ山手前からトチノキの巨樹のあるコースで下ることにした。

DSCN9994 (480x360)

このコースは沢沿いに下っていき、ワサビ田がずっと続いていた。
小菅の湯に到着すると道の駅やアスレチックもある巨大施設で急に街なかに戻ってきたかのようだった。
小菅村には大学生の時生態学の実習で来たことがあったが、このような施設は全然記憶になく、
18年前にはこの施設はまだなかったのかもしれない。
小菅の湯はアルカリ性で期待以上につるつるするいい温泉だった。
小菅の湯からは奥多摩駅行と上野原駅行のバスが出ているが、
上野原駅行のバスの方が出発が早いのでそちらにすることにした。
上野原駅までまた1時間以上のバスの旅になるが、友人たちとバスの中でゆっくりと会話を楽しめるので、
山帰りのバスの中の時間も好きだ。

テーマ:山登り - ジャンル:趣味・実用

  1. 2018/04/29(日) 23:59:57|
  2. 登山・トレッキング
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