やっぱり単なる日記

日常のあれこれと登山や旅行の記録。

錦秋の東信(軽井沢~小諸~清里)

今日は天気が崩れてくるとの予報だったが、午前中は澄みきった青空だった。

中軽井沢から長野原方面への道を北上し、まずは浅間山を眺める。
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浅間山はいつも眺めてばかりで登ったことはないが、火山でザレていそうだし、眺める方が楽しい
山かもしれない。
峠のあたりに「万山望」という休憩スペースがあるのだが、そこでは木々に隠れてしまい、そんなに
眺めはよくない。

そしていよいよ千ヶ滝を目指す。
軽井沢の千ヶ滝は別荘の地区としての名前としては知っていたが、その滝自体には行ったことがなかった。

この滝がなかなか場所が分かりにくい。
星野温泉の臨時駐車場の所から入って行って、そして滝の駐車場まではまた林道のようなところを通って行く。
メインの道路に案内板がないのはあまり観光化したくないからなのだろうか?
ただ、千ヶ滝までのアプローチ道は砂防工事の関連事業なのか、すごくよく整備されている。

本来の遊歩道は川沿いにあったようだ。が、この前の台風のせいなのか封鎖されていた。
その代わりに砂利道である「車道」を歩いて行くのだが、それでもものすごく清々しいアプローチ道である。

このアプローチ道がまさに錦秋であった。
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黄色く染まったカラマツが青空に突き刺さっている。
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なんだか「日本の自然」を堪能するのは久しぶりだなぁと思った。
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今年は8月も9月も長期に海外旅行に行き、その間の休日は台風やらなんやらで山へ全然行けず、
そして10月は天気のせいで、本当に日本の自然を堪能するのは7月の海の日の連休の剱岳・立山以来なのである。

やはり最低でも1ヶ月に一度位は自然の中に体を置かないと精神衛生上よくない。
10月中になんとか自然の中に身を置くことができてよかった。

千ヶ滝は浅間山の火山堆積物が断崖になっているところらしく、予想を裏切った滝らしい滝である。
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白糸の滝のような、地層の間からちょろちょろ湧きだす滝なのかと思っていた。

その後は小諸の懐古園へ。
ここは実に10年ぶりである。
その時は夏だったせいか全く人がいなかったが、今回はかなりにぎわっていた。
駐車場が満車に近くなるほどで、観光バスも沢山いて驚いた。
この時期だけがこういう状態なのか、それとも小諸の観光客が増えているのかは分からない。

が、3年前に復元されたという大手門もあり、全体的に観光を楽しめる街になってきた気もした。
千曲川を見渡せる展望台も整備されていて島崎藤村の「小諸なる古城のほとり」を堪能できる。

菊花展をしている広場を抜けると、動物園がある。
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↑基本的に人工的な仕立ての植物はあまり好きではないのだが、大菊だけはなんだか好きである。

なんだか小さな動物園で、ここは10年前の記憶の通りである。
クマがいらいらして木をぐるぐる回している。


そしてインコのところには明るい口調で残酷なことが書いてある。
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「一回切ってしまえば一生飛ぶことが出来ないのです」

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↑そしてその一生飛ぶことができないかわいそうなインコ

そして川上村で猟犬として使われていた川上犬の「展示」も。
檻の中にいる犬を見慣れていないので、なんだかこれもかわいそうである。
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小さな動物園の限界を見た気もした。

小諸城は甲府城と同じく、城跡内に駅が出来てしまっているので、城跡が線路で分断されてしまっている。
駅からすぐに城跡観光ができるという利点はあるものの、駅前開発ができないというマイナス面の方が
大きいかもしれない。

長野新幹線の駅が小諸ではなく佐久平に行ってしまったのも、駅を大きくできなかったからだろう。
なので上田のように駅からちょっと離れたところに城跡がある方が、駅前開発もできるし新幹線駅も
誘致できるし、いいことづくめである。
明治時代に、城跡を一部破壊して駅を作ってしまったつけが今になって影響している感じだ。

帰りは佐久甲州街道を南下し須玉へ向かう。
途中清里に寄る。
清里駅前は相変わらずのシャッター街で見るべきものはないが、今回はソフトクリームを食べるために
清里開発の出発点となった清泉寮に寄ってみた。
清里には何回も来たことがあるが、ここは初めてである。

そうしたら、八ヶ岳の麓に牧場が広がる、美しい高原のある観光地になっていた。
そして東側には遠く金峰山まで見渡せるロケーションが最高である。
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清里駅前も一時のブームに乗らず、高原を残していたらあんな悲惨な光景にはなっていなかっただろう。
あのうそくさいヨーロッパ風の廃墟が撤去され、美しい高原が駅前に戻るのはいつになるのだろうか。
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  1. 2011/10/29(土) 23:59:46|
  2. 国内旅行
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妙義山の紅葉はまだだった

10/28-29で東信地方へ旅行へ行った。

最初は妙義神社へ。
圏央道にあきるのICから入ったのだが、ETCの入口が故障していた。
この場合、ETCの割引が効かないのかと思ったら、出口で窓口の人に言えばちゃんとETCを割引してくれた。
その旨きちんと入口で発券される紙に書いてあるところをみるとETCの入口の故障はよくあることらしい。

松井田妙義ICで降りると妙義神社はすぐそこである。
妙義山自体は紅葉はまだであったが、富岡市妙義ふるさと美術館前から見るその姿は圧巻であった。
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妙義神社の本殿は台風で壊れてしまい復元中とのことだったので、この前の台風で壊れたのかと思ったら
2009年の台風で被害を受けたらしい。
犬連れだったので当然妙義山の登山はできないが、第1展望台までは行けるかなと思ったのだが、
やはり犬が歩けず撤退。
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そのあと、市境越えて、下仁田町のさくらの里まで行ってみたが、ここは妙義山に近すぎて逆に
その姿がはっきりしない。
本来植えられているサクラの紅葉がありそうなものだが、紅葉しないまま散ってしまったような感じであった。
いきなり霜が降りたのだろうか。
P1030611.jpg

そして県境を越えて東信へ。
軽井沢に来るのは3年ぶりだが、紅葉の時期の軽井沢は2003年11月以来、8年ぶりである。
その時は鬼押し出しと白糸の滝に行ったのだが、明日は千ヶ滝へ行くことにした。

宿へ入る前の時間つぶしに駅前のアウトレットへ行く。
が、最近どこのアウトレットに行っても思うのだが、全然アウトレットになっていない気がする。
30%OFFとか言ってるけど、もともとの値段が正規料金なので、安くない。
だいたいアウトレットってB級品とか型落ちとかを安く売るのではなかったか?
なんだかそういう商品がぜんぜんない。

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  1. 2011/10/28(金) 23:59:40|
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北杜夫 逝去

今日は仕事で藤沢まで行った。
小田急線で藤沢駅が近づくと、江ノ島が間近に見えた。
高尾山から見るとあんなに小さな島が、こんなにも大きい。
江ノ島を見たのは、院の授業で江ノ島水族館に行って以来なので7年ぶりである。
近いのにあまり来ないものだ。


そんな今日帰宅して夕刊を見ると、北杜夫が84歳で逝去したとのこと。
もうすぐ死ぬ死ぬと行っていた割には長生きだったが、それでも年上の佐藤愛子より早く亡くなってしまった。

北杜夫の文章との出会いは、家にあった「どくとるマンボウ青春記」だった。
それから「孫ニモ負ケズ」までは全部読んだが、
(そういえば数年前「マンボウ家の思い出旅行」を読んでちょっとがっかりしてしまったこともあった。)
なかにはひどい小説もあった。
特に「父っちゃんは大変人」はひどかった。

が、そんな量産した小説の中で一番の大作は、三島由紀夫が褒めたという「楡家の人々」より
「輝ける碧き空の下で」の方だなぁと思う。
「楡家の人々」は確かに戦前の青山や代田の雰囲気などなかなか味わい深いのだが、
それでもやはり自伝的小説である。

が、「輝ける碧き空の下で」は、ブラジル移民を取材して書いたというところに作家としての
意気込みを感じる。
中学生の読書感想文で「輝ける…」のことを書いた記憶があるが、当時の自分がどんな感想を書いていたのか
ちょっと興味がある。まだどこかにはあると思うのだが。

そして「白きたおやかな峰」はつい最近も読み直したが、これは作者のカラコルム登山隊に医者として
参加した時の経験から書いているので、迫力がある。

そして「幽霊」「木精」のあの薄暗い雰囲気も好きである。
このあたりの小説を夢中で読んだ中学生の時を思い出すので、最近はあまり読み返さないが。

が、結局一番最初に読んだ「どくとるマンボウ青春記」が一番強烈だ。

「練り歯磨きを鼻の穴につめて、梅干を口いっぱいにつめて自殺するはめになる」というような
あの独特の文章は、北杜夫ならではだ。

そして山に登り始める前から、なんとなく松本にあこがれを抱いていたのは、
やっぱりこのエッセイの影響からだろう。

氏の遺志で、お別れの会などはひらかれないそうだ。
だったら松本の旧制松本高校記念館あたりに行ってみようか。

そういえば「孫ニモ負ケズ」では、プライベートが分かる記述が多かったので、
その記述から東松原のあたりをうろうろして北杜夫の家を探し当てたものだ。
その時はちょっと感動ものだった。
ちょっとストーカーっぽいけど。

P.S
ブログを検索したところ「マンボウ家の思い出旅行」を読んだのは数年前ではなく、今年の2月だった。↓
http://azmst.blog91.fc2.com/blog-entry-4.html

テーマ:偉大な作家 - ジャンル:小説・文学

  1. 2011/10/26(水) 20:14:27|
  2. 近頃のニュースについて
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今年は山にほとんど登れなかったことと丹沢のベストシーズンとは

今日はまた大雨で午前中はカラオケに行った。
そういえば先週は金時山を予定していたのにやっぱり雨で中止になったのだった。

思えば今年は計画した山行がほとんどダメになった。

4/29-30 丹沢・蛭ヶ岳 × 天気は良かったみたいだしなんで中止だったのか?友人の体調の都合かもしれない。
6月中旬 金峰山 ×    これは確か友人の体調の都合。あと天気もあんまりよくなかったせいもあったような。
7/2-4  白峰三山 ×   これは自分の体調のせい。咳が止まらなかった。
8月下旬 御嶽山 ×    これも確か友人の体調。あと天気も微妙だった。
9/2-4  槍ヶ岳 ×    これは台風12号のせい。松本の宿も予約したのに…。
10/1   草津白根山 ×  中国旅行で悪くした体調が復活しなかった。
10/15  金時山 ×    雨。しかもなんだか激しい雨。

という感じで中止ばっかり。まぁ友人の体調が悪くても天気がすごくよければ一人でも行ったんだろうから
天気があまりぱっとしなかったというのも原因である。
あとは、やっぱりなんだかモチベーションが上がらない1年であったことも確かである。

でも、今から思うと4月下旬の丹沢は中止してよかった。
秦野からバスでヤビツ峠に入って、塔ノ岳・丹沢山・蛭ヶ岳を経て、翌日は黍殻山・焼山から
バスの関係上宮ヶ瀬湖畔の鳥居原まで行こうと思っていたのだが、こんなコースを初夏に通ったら
血まみれになっていたに違いない。

今ネットで見ていたら、丹沢のヤマビルはかなり広がっているようだ。
3月下旬~11月頃までは活動中というから、丹沢は冬に限るかもしれない。

2年前日帰りで丹沢へ行った時は、ヤビツ峠から丹沢山・丹沢三峰(西峰・中峰・東峰)を経て
宮ヶ瀬湖畔に降り鳥居原まで歩いたが、それは12月だった。
冬に登れるのは丹沢だろうということで行ったのだが、逆に丹沢は冬がベストシーズンなのかもしれない。

今までヤマビルに遭遇したのは、学生の時に行った南房総の清澄山だったが、その名前に反して
ヤマビルがうじゃうじゃいて、あれは気持ち悪かった。
そういえば、その清澄山がゼミに入って初めての巡険だったが、最初からインパクトありすぎである。
あれを思い出すだけで、なんだかあれがいると思うと丹沢とか南アルプス南部はちょっと足が向かなくなる。

テーマ:山登り - ジャンル:趣味・実用

  1. 2011/10/22(土) 23:59:10|
  2. 山の話題・登山道具など
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『グェッリーノ・トラモンティ展』と外国人を迷わす皇居東御苑

今日は国立近代美術館・工芸館へ『グェッリーノ・トラモンティ展』を見に行く。

P1030585.jpg
この工芸館は旧「近衛師団司令部庁舎」とのことで外観は風格があっていいのだが、
中は美術館としてはどうかなぁという作り。
途中手動の扉を開けながら次の部屋へいかなくてはならないので、途中であれ?もう終わり?と
勘違いしてしまったりする。

しかも今回の展示は、「陶器」なので、この建物の耐震性が気になってしまう。
近代的な建物より大きくゆれたりして、美術品が壊れないか心配である。

グェッリーノ・トラモンティの陶器は時代によって大きく変わるのだが、
厚手の皿に大胆な絵を描き、その上に厚い「ガラス釉」をかけているものが一番印象的だし
味わいがある。
やはり出身地のファエンツァのテラコッタの伝統的な技法がいかされているのだろうか?
ガラス釉を厚くかけることにより、表面にはひび割れ(貫入)ができて、下絵の輪郭がぼやける。
なんだか、ちぎり絵風の感じでもあり、たしか砕いたガラスを並べて絵を描く技法があったかと思うが
それにも似ている。

その後は皇居東御苑へ。
江戸城天守閣の横を通りながら、ここを歩くのは2002年にこの皇居内の「下末吉面」と「武蔵野面」を
見に来て以来、9年ぶりだなぁと思った…のだが、大きな勘違いであった。

今年の春に国立近代美術館に岡本太郎展を見に来た帰りも日比谷まで歩いているので、たった半年ぶり
なのである。桜の咲いたあの頃はなんだか夢の中というような感じだ。

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(右)天守台にあった説明板より在りし日の天守閣

天守台に登るのは9年ぶりで間違いない。
ここに天守閣が復元されていたら観光地として様になるのになと思う。
かなり外国人観光客も見かけたが、皆この茫洋とした東御苑のどこで記念撮影するかで迷っているようだった。

封建時代のキャッスルの跡地であり、現在はエンペラーのパレスであるところへ来たものの、石垣と芝生広場
しかないのである。これにはとまどうだろう。

結局、外国人観光客の様子を見ていると、石垣とマツを撮影している人が多い。マツの仕立て方が日本らしいのだろう。
天守台に天守閣があるとそんなに問題なのだろうか?
「YOKOSO!JAPAN」とか言ってるわりにはサービス精神が足りない気がする。

三の丸尚蔵館では、明治~昭和初期にかけての天皇の住居であった「明治宮殿」の室内装飾を展示していた。
そしてそこの説明にこの明治宮殿は「昭和20年5月の空襲の飛び火で焼失」とあり、
なんだか違和感を感じた。
先ほどの天守台の説明にも「天守閣は明暦の大火の飛び火で焼失」とあったのだが、
「飛び火で」というところに他人事感がある。

明治宮殿が焼けたのも昭和20年5月の空襲での火災の一部であり、天守閣が焼けたのも明暦の大火の一部だろう?
と思った。

いちいち「飛び火で」とあると、「一般民衆の市街地の火災は関係ないのに」というニュアンスがある。
すぐ隣で火災が起きていても、将軍や天皇は自分には関係ないこととして受け取っていたのかと勘繰ってしまう。

P1030590.jpg
東御苑ではジュウガツザクラ(十月桜)が咲いていた。

大手門は一部漆喰の壁が大きく崩れて土壁が見えていた。
P1030594.jpg
いつから放っておいてあるのだろう?と思ったが、
今、春に岡本太郎展に行った時の日記を見てみたら、丁度大手門の桜の写真を撮っていて、
その時は崩れていなかったようだ。
もしかしたら先月の台風で崩れたのかもしれない。

東京駅はこの前3階建て部分の復元が終わったのか報道陣に公開されていたようだが、まだ全面的に覆われていて
どうなっているのか分からなかった。

テーマ:art・芸術・美術 - ジャンル:学問・文化・芸術

  1. 2011/10/16(日) 23:59:55|
  2. 散歩・美術館など
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